2024年、ロンドンのウェンブリー・アリーナは2公演で約2万5千人、パリのラ・デファンス・アレナは2公演で約4万4千人、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンは3公演で約4万5千人を動員しました。ロックスターの数字ではありません。日本の劇伴(げきばん=映画やアニメの劇中音楽)作家、久石譲(Joe Hisaishi)のオーケストラ公演の話です。

そして2026年、彼の世界ツアーはさらに大きくなります。6月のロンドン・ロイヤル・アルバートホールを皮切りに、パリ・フィルハーモニー、ニューヨーク・カーネギーホール、ロサンゼルスのハリウッド・ボウル(LAフィルとの共演)など、アメリカ・ヨーロッパ・アジアで40を超える公演が予定されています。日本の劇伴作家が、クラシックの殿堂を満席にしながら世界を巡る──これは音楽史的に見ても極めて稀な現象です。

「映画の付属物」ではない音楽

久石譲は、宮崎駿監督とスタジオジブリの作品で約40年にわたり音楽を手がけてきました。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』──タイトルを並べるだけで、世界中の人の頭の中にメロディが流れ出すはずです。

ここに、彼の音楽が国境を越える最大の理由があります。劇伴は本来、映像を支える「裏方」です。ところが久石譲の音楽は、映像がなくても、ひとつの物語として自立している。コンサートホールで目を閉じて聴くだけで、観たことのない情景や、忘れていたはずの感情が立ち上がってくる。だからこそ、言語も文化も違う海外の聴衆が、字幕も解説もなしに涙を流すのです。

なぜ言葉が要らないのか──3つの音楽的な理由

1. メロディがすべてを語る。 久石作品の核心は、誰もが一度で口ずさめる強いメロディです。歌詞という「言語の壁」を必要としないため、メロディそのものが感情を直接運びます。『千と千尋の神隠し』の「あの夏へ(One Summer's Day)」のあの一音目で、世界中の人が同じ「郷愁」に包まれるのはそのためです。

2. ミニマルと叙情の融合。 久石譲はもともと現代音楽・ミニマルミュージックの作曲家でした。スティーヴ・ライヒ的な反復構造の上に、ロマン派のような豊かな情緒を乗せる。この「知的な構造」と「素朴な歌心」の同居が、子どもから音楽通まで同時に魅了する厚みを生んでいます。

3. 無常と希望が同居する音色。 『ハウルの動く城』の「人生のメリーゴーランド」のワルツに代表されるように、彼の音楽はどこか切なく、それでいて前を向かせてくれます。喜びの中の哀しみ、別れの中の温かさ──この複雑な感情の同居は、特定の文化に限定されない「人間そのもの」の感覚であり、世界共通で響きます。

クラシックの本場が認めた

注目すべきは、久石譲が単なる「人気の映画音楽家」として消費されていない点です。2022年にはニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで全5公演を完売させ、2026年にはカーネギーホールとロイヤル・アルバートホールで自作の『管弦楽のための協奏曲』を世界初演します。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団やロサンゼルス・フィルといった一流オーケストラが彼の指揮で演奏する──これは、劇伴という分野が「芸術音楽」として正面から評価されていることの証です。

海外の友人に薦めるなら、この5曲から

これから久石譲を聴く人へ。まずはこの曲から扉を開けてみてください。

  • あの夏へ / One Summer's Day(千と千尋の神隠し)── 郷愁という感情の世界共通言語
  • 人生のメリーゴーランド(ハウルの動く城)── 切なくも回り続けるワルツ
  • もののけ姫(もののけ姫)── 荘厳で神話的なメインテーマ
  • 風のとおり道(となりのトトロ)── 夏の田舎の空気そのもの
  • 君をのせて(天空の城ラピュタ)── 冒険と希望のアンセム

劇伴が世界の共通言語になる時代

かつて「劇伴」は、作品が終われば消えていく裏方の音楽でした。しかし久石譲の世界ツアーは、その常識を塗り替えています。日本のアニメや映画から生まれた音楽が、国境も世代も超えて、コンサートホールで何万人もの心をひとつにする。劇伴はもう、映像の付属物ではありません。それ自体が、世界に届く独立した芸術なのです。

そしてこの扉の向こうには、久石譲だけでなく、澤野弘之、梶浦由記、菅野よう子──世界が次に発見すべき日本の劇伴作家たちが、まだまだ控えています。