2026年夏アニメの中で、いちばん「音」の正体が気になっていた作品がある。テレビ朝日系IMAnimation枠で7月4日から放送中の『天幕のジャードゥーガル』だ。総監督は山田尚子、制作はサイエンスSARU。そしてそのオリジナル・サウンドトラックが、いよいよ9月30日にVAPから発売される。2枚組・全48曲、税込3,850円(VPCG-83586)。音楽を手がけたのは、日野浩志郎。オルタナティブ・バンドgoatを率いる、あの人である。

「このマンガがすごい!」歴史マンガ初の1位を、山田尚子×SARUが映像化

原作はトマトスープが秋田書店のWEBコミックサイト「Souffle」で2021年9月から連載している同名マンガ。舞台は13世紀のイラン、そして拡大を続けるモンゴル帝国の宮廷だ。トゥースの学者の家で奴隷として育った少女シタラが、故郷を焼かれたことで帝国への復讐を胸に、名を変えて宮廷へ潜り込み、第三皇子オゴタイの第六妃ドレゲネと出会う──「知恵」を武器に帝国の中枢を揺さぶっていく物語である。『このマンガがすごい!2023』オンナ編では歴史マンガとして初めて1位を獲得した。

アニメ版は総監督・山田尚子、監督・アベル・ゴンゴラ、シリーズ構成・加藤還一、キャラクターデザインは吉田健一、音響監督は小沼則義。OPはSEKAI NO OWARI「Stella」、EDは女王蜂「星」。キャストはシタラ役に関根明良、ドレゲネ役に小清水亜美、ファーティマ役に桑島法子という布陣だ。

日野浩志郎という選択

山田尚子作品の音楽といえば、これまで牛尾憲輔の名がすぐに浮かんだはずだ。だから今回、劇伴クレジットに「日野浩志郎」の名を見つけたときは正直、身を乗り出した。日野は大阪を拠点に、複数の拍子を重ね合わせた作曲をバンド編成で鳴らすgoatや、bonanzas、電子音楽のソロ・プロジェクトYPYで知られる作曲家。2019年以降は太鼓芸能集団・鼓童とのコラボレーションを重ね、音楽映画『戦慄せしめよ/Shiver』(2021年)では全編の作曲を担当した。さらに映画『The Invisible Fight』(2024年)の音楽でエストニア映画賞の最優秀作曲賞を受賞している。反復とポリリズムで身体に直接働きかける音を鳴らしてきた人が、13世紀の草原と宮廷をどう描くのか──これは、今年のアニメ劇伴でも屈指の「異能起用」だと思う。

曲名が語る、シタラの武器は「思考」

2枚組48曲のトラックリストを眺めていて面白いのは、いわゆる戦闘曲や恋愛曲の名前がほとんど並ばないことだ。DISC1は「ジャードゥーガルのテーマ」に始まり、「思考分析I」「知恵」「洞察」と、シタラの頭の中を鳴らすような曲名が続く。「思考分析」はI〜IVまで全4曲、両ディスクに散らばって配置されている。これは主人公が剣ではなく頭脳で戦う物語であることを、音楽のレベルで宣言しているようなものだ。

  • 反復するモチーフ群:「呪術I・II」「草原I〜III」「トゥースの街並みI・II」「夜I・II」「失われたものI・II」。同じタイトルを変奏していく構成は、日野がgoatで追求してきた「反復と変化」の美学とも重なる。
  • 宮廷と草原の対比:「軍議」「兄弟」「企み」「交差する思惑」といった政治劇の曲名と、「柘榴の花」「望郷」「めぐる日々」といった叙情的な曲名が交互に置かれている。
  • 固有名詞の手触り:DISC2の「炉の主(OTCHIGIN)」「ジャダ石」など、モンゴル史の語彙がそのまま曲名になっているのも原作ファンにはたまらないポイントだろう。

DISC2は「魔女のはじまり」で幕を開け、「死の気配」「憎しみと忘却」「喪失」を経て「未来」へ、そして「トゥースの街並みII」「思考分析IV」「草原III」で閉じる。曲順そのものが、復讐に始まった物語がどこへ向かうのかをそっと示唆しているように見える。

「劇伴」の外から来た音が、いま面白い

ここ数年、アニメ劇伴の現場にはバンドや実験音楽の側から作曲家が続々と越境してきている。日野浩志郎の起用はその流れの最先端にあるものだと思うし、山田尚子が牛尾憲輔とは異なる「身体的な反復」の作家を選んだこと自体が、この作品の音の設計思想を物語っている。放送は現在も継続中。9月30日にサントラが届いたら、まずは「思考分析I」から「IV」までを順に並べて聴いてみてほしい。シタラの頭の中で、何が変わっていったのかが見えてくるはずだ。