劇伴好きにとって、10月のベルギー・ゲントはちょっと特別な場所です。毎年World Soundtrack Awards(WSA/世界サウンドトラック賞)がここで開かれ、その年の映画音楽の“顔ぶれ”が一夜で決まるから。そして今年、その候補リストに日本人の名前が入っています。福原まり。フランス製アニメーション映画『アメリと雨の物語』(原題:Little Amélie or the Character of Rain)の音楽で、新人賞にあたる「Discovery of the Year」にノミネートされているんです。授賞式は2026年10月10日(現地時間)。あと1週間を切りました。
“Discovery”の5人と、ゲントの一夜
第26回WSAのDiscovery of the Year候補は次の5人です。
- 福原まり──『アメリと雨の物語』
- パリス・ハーリー──『The Chronology of Water』
- カンディング・レイ──『Sirat』
- ハンナ・ピール──『Midwinter Break』
- サム・スレイター──『2000 Meters to Andriivka』
実写の話題作やドキュメンタリーが並ぶなかで、アニメーション作品から選ばれているのは福原まりだけ。ちなみに同じ回のFilm Composer of the Yearにはアレクサンドル・デスプラ、ジョニー・グリーンウッド、ヒドゥル・グドナドッティル、ダニエル・ペンバートン、マックス・リヒターという、ため息が出るような名前が並んでいます。
授賞式はゲントのムジークセントラム・デ・ベイロケで20時から。ディルク・ブロッセ指揮のブリュッセル・フィルハーモニックが生演奏を担当する“セレモニー&コンサート”形式で、映画祭Film Fest Gentの「WSA Film Music Days」(10月8日〜10日)を締めくくる催しです。今年のゲスト・オブ・オナーはヒドゥル・グドナドッティル、生涯功労賞は『ラスト・オブ・モヒカン』『ノッティングヒルの恋人』のトレヴァー・ジョーンズ。その同じステージで、日本の作曲家の名前が読み上げられるかもしれない──想像するだけでちょっと胸が高鳴りますよね。
1960年代の神戸、“自分を神だと思っている”2歳児の音
『アメリと雨の物語』は、ベルギーの作家アメリー・ノートンの自伝的小説『チューブな形而上学』を原作に、マイリス・ヴァラードとリアン=チョー・ハンが共同監督したフランスの長編アニメーション(2025年、77分)。舞台は1960年代の神戸で、外交官一家に生まれたベルギー人の女の子アメリが、2歳半まで反応のない“チューブ”のような状態から目覚め、「自分は神だ」と信じるほど瑞々しい感覚で世界を見ていく物語です。お手伝いのニシオさんとの絆が物語の芯になっています。
作品の評価はすでに折り紙付きで、2025年のアヌシー国際アニメーション映画祭で観客賞を受賞し、第83回ゴールデングローブ賞、第98回アカデミー賞の長編アニメーション部門にノミネート。日本では2026年3月20日にファインフィルムズの配給で公開されました。
面白いのは、「日本を舞台にしたフランス映画の音を、日本人が書いている」という構図です。外から見た日本の記憶を描く物語に、内側の耳を持つ作曲家が音を当てる。異国情緒の“記号”に寄りかからない劇伴になったのは、おそらくこの配置のおかげだと思います。
サントラは27曲、最後に流れる「恋のバカンス」
オリジナル・サウンドトラックは2026年3月11日にランブリング・レコーズからCDで発売済み(RBCP-3624/2,970円)。福原まりのオリジナル26曲に加えて、劇中歌としてザ・ピーナッツ「恋のバカンス」が特別収録された全27曲です。「God the Tube」「Mother」「Chocolate Revelation」「André」「The Garden」「Épilogue」といった曲名を眺めるだけで、原作を知る人なら場面が浮かぶはず。1960年代の歌謡曲がそのまま一枚に同居しているのも、この映画の“時代の空気”を音で閉じ込めた感じがして素敵です。
キャリア30年超の“発見”
ここで強調したいのは、福原まりは決して新人ではない、ということ。所属先のプロフィールによれば、東京都出身で桐朋学園大学音楽学部を卒業し、SHI-SHONEN、Real Fishのメンバーとして音楽活動をスタート。ソロ・アーティストとして作品を重ねながら、映画『食堂かたつむり』『パーマネント野ばら』、ドキュメンタリー『ヨコハマメリー』、TVアニメ『あまつき』などの音楽を手がけ、2008年以降はパリやバルセロナで映像とのコラボレーション公演も行ってきました。
つまり今回の“Discovery”は、新人の発見というより、長く日本で鳴っていた音を、ヨーロッパの映画音楽界が見つけたという意味合いが強い。プロフィールではアニー賞の音楽部門ノミネートなども記されており、本作がフランス、そしてアカデミー賞レースを経由して、彼女の音楽を世界の耳に届けたことがよくわかります。
受賞するかどうかは10月10日の夜まで分かりません。でも、まだ聴いていない人には、発表を待つこの1週間にサントラを一周しておくのを強くおすすめします。発表の瞬間、きっと聴こえ方が変わるはずなので。