ロンドン・カムデンの老舗ライブハウス「Dingwalls」。10月2日の金曜日、そのステージに立っていたのは、日曜朝のテレビで何百回とプリキュアを変身させてきた男だった。高梨康治。『NARUTO -ナルト- 疾風伝』『FAIRY TAIL』『地獄少女』の劇伴で知られる作曲家が、自らキーボードを弾くバンド「FAR EAST GROOVE」を率いて、2度目のヨーロッパツアー「The Battle for Glory EU Tour 2026」の真っ只中にいる。

9月30日のヘルシンキから始まり、ロンドン、ワルシャワと回って、今日10月5日はベルリンの「SO36」。このあとミュンヘン、ミラノ、スイスのイヴェルドン=レ=バン、パリ、バルセロナを経て、10月14日のマドリードで幕を閉じる。8カ国10都市。アニメ作曲家が“オーケストラを連れて行く”のではなく、“バンドで殴り込む”形でここまでの規模を回るのは、ちょっと他に例が思い浮かばない。

「アニメ劇伴」と「ヘヴィメタル」の橋

FAR EAST GROOVEは2024年、高梨自身が主に海外での活動のために立ち上げたプロジェクトだ。名前の由来もファンにはたまらない。高梨本人がXで明かしているとおり、かつて彼が在籍したバンド「六三四(Musashi)」の2ndアルバムのタイトルから取られている。劇伴作家になる前、ハードロックの最前線にいた男が、四半世紀かけて書いてきた劇伴を携えて、もう一度“バンドマン”に戻ってきたわけだ。

そしてメンバーの顔ぶれが本気すぎる。英国のアニメ系メディアAnime UK Newsなどが伝える編成は以下のとおり。

  • キーボード:高梨康治
  • ヴァイオリン:トゥオマス・ロウナカリ(元Korpiklaani)
  • ヴォーカル:Juno Luke
  • ギター:若井望(Sigh、DESTINIA)
  • ベース:イェスペル・アナスタシアディス(Turisas)
  • ドラム:ティノ・ヤンッティ(Wolfheart のサポート)
  • シンセサイザー:Funta7

フィンランドのフォーク・メタル勢がリズム隊とヴァイオリンを固め、日本のエクストリーム・メタル界の重鎮バンドSighのギタリストが刻む。プロジェクト側は自らを「アニメ・サウンドトラックとヘヴィメタルの架け橋」と位置づけているが、この布陣を見れば看板倒れでないことは一目瞭然だ。

なぜ高梨康治の劇伴は“ライブで化ける”のか

演奏されるのは『NARUTO 疾風伝』『FAIRY TAIL』を軸に、『プリキュア』シリーズ、『地獄少女』、『ケンガンアシュラ』、『ゾンビランドサガ』、『BORUTO』、『美少女戦士セーラームーンCrystal』といった代表作群。こうして並べると、高梨劇伴の本質がよく見えてくる。

彼の戦闘曲は、もともとロックバンドの文法で書かれている。歪んだギターのリフが主旋律を担い、そこに和太鼓や尺八、ケルト風のフィドル、ストリングスが重なっていく。『FAIRY TAIL』のメインテーマがアイリッシュな旋律をバグパイプ的に鳴らしながら、背後でツーバスが疾走していたのを思い出してほしい。あれは最初から「バンド+民族楽器」の音楽だったのだ。だからこそ、フォーク・メタルの本場フィンランドのヴァイオリニストが弾くと、スタジオ録音以上に“本来の姿”に近づく。ツアー紹介文の「オーケストラのドラマが、ドライヴするロックと本物のライブバンドのエネルギーに出会う」という一文は、高梨サウンドの成り立ちそのものを言い当てている。

実績面でも裏付けは十分だ。2025年の初ツアーではフィンランド、イタリア、スペインを回り、スペインのロックフェス「Rock Imperium Festival」のメインステージにも立った。J-Rock Newsによれば、これは日本のサウンドトラック作曲家として初めて、欧州の大型ロックフェスのメインステージに立った出来事だという。そして高梨はJASRAC国際賞を8度受賞している。海外で最も分配を稼いだ作品に贈られる賞を8回、という事実は、『NARUTO』や『FAIRY TAIL』がどれだけ世界中で再生され続けてきたかを物語る。今回、ロンドン公演が「UK初上陸」とうたわれ、コスプレ来場が歓迎されているのも、彼の音楽がヨーロッパのファンにとって“青春のBGM”になっていることの裏返しだろう。

劇伴作家が“ツアーミュージシャン”になる時代

ここ数年、日本の劇伴作家の海外公演は確実に増えた。ただその多くは、現地オーケストラとのフィルムコンサート形式だ。高梨の試みが面白いのは、ライブハウス規模の会場をバンドで連日回る、いわばロックバンドと同じツアーの組み方をしている点にある。物販とVIPパッケージ(ミート&グリートやサイン)まで用意され、作曲家本人が“アーティスト”として消費されている。

画面の後ろで鳴っていたはずの音楽が、作曲家の顔と演奏で直接ファンに届く。サブスクで世界中に劇伴が届くようになった今、その次の段階として「作曲家がツアーで稼ぐ」モデルが現実味を帯びてきた。高梨康治とFAR EAST GROOVEのツアーは、その最前線の実験と言っていい。日本公演の予定はまだ発表されていないが、この編成で『NARUTO』の戦闘曲が鳴る瞬間は、いつか国内のファンにもぜひ体験させてほしい。ツアーは10月14日のマドリードまで続く。