10月2日、綾瀬はるか主演の映画『ファーストボイス』が全国公開されました。そして同じ日、富貴晴美が手がけたオリジナル・サウンドトラックが、ランブリング・レコーズから全世界配信独占でリリースされています。全22曲。CDではなく配信のみ、というのが2026年らしいところですが、曲名を並べてみると、これがなかなか“読める”サントラなんです。今回はこの1枚を、曲名の流れと作曲家のキャリアから掘ってみます。
1989年、まだ「ハラスメント」という言葉が法廷になかった頃
まずは作品の確認から。『ファーストボイス』は前田哲監督、松竹とワーナー・ブラザース映画の共同配給による105分のドラマです。舞台は1989年。バブル景気に日本中が沸く一方で、働く女性が「結婚までの腰掛け」と見なされがちだった時代に、日本で初めて「ハラスメント」が事件として扱われた裁判を描きます。
綾瀬はるかが演じるのはお人好しの弁護士・朝日道子。職場で嫌がらせを受けた上原恵(ファーストサマーウイカ)の訴えを引き受け、新人弁護士・藤野栞(松本穂香)に「勝ち目がない」と言われながらも、前例のない裁判に挑んでいきます。実際の事件に着想を得た作品で、主題歌はちゃんみなの「History」。重いテーマを扱いながら、80〜90年代の空気感とエンタメ性を両立させた点が評価されているようです。
曲名を並べると、映画の“あらすじ”が浮かび上がる
サントラの面白さは、22曲の曲名がほぼそのまま物語の地図になっていることです。オープニングは「朝日法律事務所」。主人公の名字を冠した職場のテーマで幕を開け、続く「閉ざされた扉」で一気に空気が変わる。そして3曲目が「最初のこだま」です。
この「こだま」という言葉、タイトルの“ボイス”と響き合っているのがポイント。声を上げた人の声が、どこかで跳ね返ってくる。7曲目の「街角の声」、そしてラストの表題曲「ファーストボイス」まで、“声”にまつわるモチーフが曲名の中に点々と置かれています。劇伴が「声なき声」をどう音にするのか──聴く前から想像が膨らむ並びです。
中盤以降は法廷ドラマらしい単語が続きます。
- 「作戦会議」「開廷」「食い違う証言」──裁判ものの王道を押さえたブロック
- 「よみがえる影」「消えない記憶」──当事者の痛みに寄り添う、おそらく内省的なパート
- 「大芝居」「弁護士団の奮闘」「勝負服」──終盤、反撃に転じる高揚感を予感させるタイトル群
そして21曲目が「1992年、夜明け」。1989年に始まった物語が、3年後の“夜明け”にたどり着く。実際に1989年に提訴された日本初のセクシュアル・ハラスメント裁判も、1992年に地裁判決を迎えています。曲名ひとつで時間の経過と決着を示してしまう、なんとも劇伴らしい仕掛けです。
個人的に気になって仕方ないのが12曲目の「8ビットの朝」。1989年といえばファミコン全盛期の延長線上で、ワープロやパソコンがオフィスに入り込み始めた頃でもあります。時代の小道具を音で描いたのか、それとも別の意味があるのか。法廷劇のサントラにこのタイトルが紛れ込んでいるだけで、ちょっと聴いてみたくなりませんか。
もうひとつ、8曲目「歴史を作る」と、主題歌「History」の呼応も見逃せません。劇伴と主題歌が同じ言葉の周りを回っている──作品全体で「これは歴史の最初の一歩の話だ」と言い切っているように見えます。
“最年少”から始まった富貴晴美の、歴史ものへの強さ
作曲の富貴晴美は1985年大阪府出身の作曲家・ピアニスト。国立音楽大学を首席で卒業し、同大学院を修了。現在は同大学の音楽研究科作曲専攻で准教授を務めています。
キャリアで外せないのが日本アカデミー賞です。2013年、『わが母の記』で第36回日本アカデミー賞優秀音楽賞を最年少で受賞。その後も第39回『日本のいちばん長い日』、第41回『関ヶ原』で同賞を受け、計3度の受賞を重ねてきました。
この3作を並べると、ある共通点が見えてきます。家族の記憶、終戦の一日、天下分け目の合戦──いずれも「ある時代」を背負った人間ドラマなんですね。富貴晴美は、時代の重みをオーケストラで受け止めつつ、その中にいる個人の感情を見失わない作曲家だと言えそうです。『ファーストボイス』は戦国でも昭和20年でもなく、平成のはじまり。より身近な“昭和の終わりと平成の夜明け”を、彼女がどんな手触りで鳴らしたのかは大きな聴きどころです。
まとめ:映画を観た人も、まだの人も
『ファーストボイス』オリジナル・サウンドトラックは、品番RBCP-4579、10月2日より全世界配信中です。映画を観た人は、22曲の曲名を追いながら物語をもう一度たどってみてください。まだ観ていない人には、曲名だけで「声を上げることの重さと、その先の夜明け」を感じ取れるはず。
声を上げた“最初の一人”に、音楽がどう寄り添ったのか。劇場で、そしてイヤホンで、ぜひ確かめてみてください。