映画音楽好きとしては、これは見逃せないニュースです。『マイケル・クレイトン』の監督で、ドラマ『キャシアン・アンドー』を手がけたトニー・ギルロイの新作映画『Behemoth!』が、10月2日(現地時間)、第64回ニューヨーク映画祭(NYFF)のセンターピース作品としてリンカーン・センターのアリス・タリー・ホールで世界初上映されました。主演はペドロ・パスカル、配給はサーチライト・ピクチャーズ。そしてこの作品、物語の主役が「映画音楽の現場」そのもので、スコアには9人の作曲家が名を連ねているんです。

主人公は“映画音楽を録るチェリスト”

パスカルが演じるのは、チェリストのアレックス。スタジオ・ミュージシャン一家に育った元・神童で、シカゴのオーケストラを離れ、ロサンゼルスに戻って映画音楽の仕事を再開する──というのが骨格です。兄役のウィル・アーネットはマルチ楽器奏者。物語は現在と少年時代のフラッシュバックを行き来し、アレックスがチェロを弾く“音楽のきっかけ”が過去の記憶を呼び起こす構造になっていると報じられています。

タイトルの「Behemoth!」は、終盤でアレックスたちが録音する“巨大な大作映画”の劇中タイトルなのだとか。つまりこの映画は、ハリウッドのスコアリング・ステージで劇伴が生まれる瞬間を、演奏者の側から描いた作品ということになります。パスカルは25年におよぶ時間軸のほぼ全場面に出演し、チェロの猛特訓について「これまで習得しなければならなかった中で最も難しいスキル」と語ったと伝えられています。

「The Behemoth! Collective」という前代未聞の布陣

音楽を担うのは、クレジット上「The Behemoth! Collective」と呼ばれる9人。顔ぶれがすごいんです。

  • マイケル・ジアッキーノ(『カールじいさんの空飛ぶ家』『THE BATMAN-ザ・バットマン-』)
  • ジェームズ・ニュートン・ハワード(ギルロイとは『マイケル・クレイトン』『デュプリシティ』『ボーン・レガシー』で組んできた盟友)
  • アラン・シルヴェストリ(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『アベンジャーズ』)
  • ヘンリー・ジャックマン、マイケル・エイブルズ、ブランドン・ロバーツ、ナミ・メルマッド、エミリー・ベアー、ルーカス・フランク

今年1月の時点では「7人の作曲家」と報じられていたのが、7月のファーストルックでは9人に増えていました。ギルロイによれば、音楽は「映画の中の映画」のスコア、劇中で鳴る音楽(ディエジェティック)がそのまま劇伴へと越境していくパート、音楽的なヴィネットなど、いくつもの使われ方をするとのこと。本人いわく「この映画全体が音楽の上をサーフィンしている」。さらに「映画音楽に関わらせてもらうようになってから、ずっと取り憑かれてきた」とも語っています。

9人で書く意味──“劇中劇伴”に個性を与えるために

ここが一番おもしろいところだと思います。主人公が録音する劇中の映画音楽がひとつひとつ違う“作曲家の声”を持っていなければ、映画音楽の現場としてのリアリティは出ない。だからこそ、実在するトップ作曲家たちにそれぞれのスコアを書かせた──と報じられています。ジアッキーノの躍動、シルヴェストリの王道のファンファーレ、ハワードの陰影。劇中で鳴る“架空の大作”の音楽が、実際にその書き手の筆致を帯びているとしたら、サントラ好きには耳だけで作家当てができる、とんでもないご褒美です。

一方で、海外メディアは、アカデミー賞作曲賞が原則として作曲家3人までのクレジットしか認めていないことから、この作品のスコアは賞レースの対象外になる可能性が高いとも指摘しています。賞のための音楽ではなく、映画音楽という仕事そのものへのラブレター。そう考えると、むしろ潔い選択に見えてきます。

サントラと日本公開を待ちながら

現時点で確認できた範囲では、サウンドトラック盤の詳細や日本での公開情報はまだ発表されていません。とはいえ、9人の作曲家の“書き分け”がどう一枚にまとめられるのかは、それだけで聴く価値がありそう。日本でも劇伴作家のドキュメンタリーやコンサートが盛り上がる今、スコアリング・ステージの内側をフィクションで描く本作は、きっと劇伴ファンの必修科目になるはずです。続報が出たら、またここで追いかけます。