作曲家クレジットに、シンガーソングライターの名前が入る。それ自体はもう珍しくない。けれど、その人が「登場人物のひとり」として作品に数えられるとなると、話は少し変わってくる。9月18日公開の映画『さとこはいつも』で劇伴を手掛けた柴田聡子は、劇中に出てくる“3人のさとこ”に続く「4人目のさとこ」として音楽をつけた──公式がそう言い切ったこの座組みに、僕はまず膝を打った。劇伴は物語の外から鳴る伴奏ではなく、物語の中にもう一人立っている、という宣言だからだ。
「4人目のさとこ」という肩書き
映画『さとこはいつも』は、長編デビュー20周年を迎える沖田修一監督の完全オリジナル作。有村架純、石田ひかり、姫野花春が、それぞれ別の“さとこ”を演じる。名前も読みも同じなのに、生きている場所も時間もまるで違う三人。その人生が、静かに交差していく。人は誰でも、一冊なら自分の本が書ける──そんな一節が物語の芯に置かれている。
ここに柴田聡子が「4人目のさとこ」として加わる意味は大きい。彼女はこれまで、独特の言語感覚とメロディで、日常のささやかな揺れを掬い取るような曲を書いてきた歌い手だ。誰かの人生に外から音を当てるのではなく、その人の隣に座って一緒に日記を書くような距離感。それはまさに、名もなき“さとこ”たちの物語に必要な立ち位置だったのだと思う。劇伴作家という職能の輪郭が、また一つ柔らかく広がった瞬間だ。
3人の“さとこ”に、20曲で寄り添う
9月16日に発売されるサウンドトラックCDには、劇中音楽19曲に加え、主題歌が収録される。曲名を眺めるだけで、この盤が「伴奏集」ではなく「物語集」であることがよくわかる。「聡子、書くぞ」「沙都子、書くぞ」「里子、書くぞ」──表記の違う三つの“さとこ”に、それぞれ〈書くぞ〉という決意の一曲が用意されている。三人分の“ペンを握る音”を、作曲家が律儀に鳴らし分けているわけだ。
収録曲には「想像力1」「想像力2」と枝番で並ぶモチーフや、「小鳥とゆきの本屋さん」「本屋さん、その後」といった場面の連続を思わせるタイトル、そして「トランポリン」「夜更けの鉛筆」「偶然」といった、いかにも柴田聡子的な、生活のディテールから切り出した言葉が並ぶ。大仰なテーマを打ち鳴らすのではなく、小さな名詞を音に変えていく──この作り方は、彼女の歌の世界そのままだ。オーケストレーションで感情を押し出すタイプの劇伴とは、まったく別の温度がここにはある。
歌い手が劇伴に踏み込むということ
面白いのは、主題歌でも“越境”が起きていることだ。CDのラストを飾るのは、折坂悠太が柴田聡子を迎えた「シミレ(feat. 柴田聡子)」。劇伴を書いた本人が、別のシンガーソングライターの主題歌にボーカルとして参加する。作り手と歌い手の境界が、作品の中でくるくると入れ替わっていく。近年、折坂悠太や柴田聡子のような、インディー/フォーク寄りの表現者が映画音楽の中心に呼ばれるケースは確実に増えている。既製のオーケストラ語法ではなく、“その人の声”そのものを劇伴として招き入れるという選択が、日本映画の音づくりで静かに定着しつつあるのだ。
スケールの大きなサントラが並ぶ秋のリリース群のなかで、この一枚は明らかに毛色が違う。派手さはない。けれど、三人の“さとこ”の傍らに座り、一緒にノートを広げてくれるような親密さがある。映画を観る前に聴けば予習になり、観たあとに聴けば、あの人たちがまだどこかで本を書き続けている気配がする。9月16日、劇伴作家・柴田聡子の名刺代わりになる20曲が届く。公開は9月18日。“4人目のさとこ”の書いた物語を、ぜひ耳から追ってほしい。