今朝、ジャズ・ピアノトリオが「朝ドラ」を鳴らし始めた
2026年9月28日、NHK連続テレビ小説の第115作『ブラッサム』が始まった。月曜から土曜の朝8時、NHK総合で15分。主演は石橋静河、作は櫻井剛と小松與志子、主題歌はYOASOBIの「咲き誇れ」。そして劇中の音楽を担当するのが、ピアノ・ベース・ドラムの三人組インストゥルメンタル・バンド、fox capture planだ。彼らにとって連続テレビ小説の音楽を手がけるのはこれが初めてになる。
物語の主人公は、明治・大正・昭和を駆け抜ける作家・葉野珠。モデルは宇野千代だが、登場人物や設定を大きく組み替えたオリジナルのフィクションとして描かれる。関東大震災、戦争、結婚と離婚、金銭の苦労──波瀾だらけの人生を、それでも自由を求めて書き続けた女性の一代記だ。制作はNHK大阪放送局。朝ドラの劇伴といえば、オーケストラと大きなメロディで“毎朝の顔”をつくる作曲家の仕事、というイメージが強い。そこに三人組のバンドが入ってくる。これだけで、今期の朝ドラは劇伴好きにとって見逃せない一本になった。
制作統括が口にした「スウィングジャズ」という言葉
音楽担当が発表されたのは2026年7月。制作統括の村山峻平は、fox capture planの劇中伴奏曲について「激動の時代を駆け抜けていく主人公・葉野珠が、前に踏み出す渾身の一歩を、温かみと深みのある音色とリズムが支えてくれています」とコメントし、さらに「その時代に流行したスウィングジャズを取り入れるような遊び心もすてき」と続けた。
ここがおもしろいところだ。珠が生きた大正から昭和初期は、日本にジャズが流れ込み、ダンスホールやカフェーで鳴り始めた時代でもある。つまり“時代の空気”を再現するための劇伴と、“現代のジャズロック”を掲げてきたバンドの持ち味が、ちょうど同じ場所で重なる。時代劇の劇伴をゼロから考えると、和楽器か、端正なオーケストラか、という発想になりがちだが、『ブラッサム』はモダンガールの時代そのものが持っていたビートを、今のバンドの手で鳴らそうとしているように見える。
バンド側のコメントはこうだ。「主人公たちの歩む道のりに寄り添いながら、『ブラッサム』の世界を音楽で彩ります。毎朝の楽しみのひとつとなるよう、心を込めて音楽をお届けします」。また、音楽スタイルについては、繊細なピアノと躍動感のあるリズム、ジャズを軸としたバンド・サウンドで、登場人物たちの喜びや葛藤、日々の営みを彩る、と説明されている。
「主張の強い劇伴」を書いてきた三人
fox capture planは2011年結成。ピアノの岸本亮、ベースのカワイヒデヒロ、ドラムの井上司による“現代版ジャズロック”のピアノトリオで、2026年は結成15周年のアニバーサリーイヤーにあたる。劇伴の世界で彼らの名前を一気に広めたのは、2018年のフジテレビ系月9『コンフィデンスマンJP』だろう。当時のインタビューで彼らは、制作側から“日本のドラマらしさ”よりも海外の映画・ドラマに近い感覚を求められ、ホーンやギターを加えたバンド・サウンドで応えたと語っている。自ら「劇伴にしては結構、主張が強くなっている」と認めるほど、音が前に出てくるスタイルだ。
その後も守備範囲は広い。
- ドラマ──『コンフィデンスマンJP』シリーズ、『健康で文化的な最低限度の生活』、『ブラッシュアップライフ』、『アンメット ある脳外科医の日記』など
- アニメ──『青春ブタ野郎』シリーズ(10月16日公開の完結作『ディアフレンドの夢を見ない』まで続投)、『天久鷹央の推理カルテ』
- 配信──実写版『【推しの子】』
コン・ゲームの軽快さ、医療ドラマの静かな緊張、思春期ファンタジーの叙情。ジャンルごとに顔を変えながら、ピアノが旋律を歌い、ベースとドラムが体温のあるグルーヴを刻むという“バンドの芯”は変わらない。その芯を、今度は毎朝15分・約半年という朝ドラ最大の長丁場に持ち込むわけだ。
毎朝の15分で、どこを聴くか
朝ドラの劇伴は、同じテーマが何十回も、場面を変えて繰り返し流れるのが宿命だ。だからこそ、同じモチーフが珠の上京、挫折、恋、執筆のたびにどうアレンジを変えていくのかを追うのがいちばんの楽しみ方になる。三人組のバンドは、編成が小さいぶん、テンポやリズムの“揺れ”で感情を描くのが得意だ。スウィングのハネが強いときは珠が前へ走っていて、ピアノだけが残るときは立ち止まっている──そんな聴き分けができるようになれば、15分がぐっと濃くなるはずだ。
もうひとつ注目したいのは、YOASOBIの主題歌「咲き誇れ」と劇伴の関係だ。主題歌が明るく背中を押す役割を担うなら、劇伴はその間にある“日々”を受け持つことになる。サウンドトラックの発売情報は現時点でまだ出ていないが、半年分の物語が積み上がった先で、ジャズ・トリオが朝ドラの音をどう更新したのかを一枚で確かめられる日が楽しみだ。まずは明日の朝8時、テーマが鳴る瞬間に耳を澄ませてほしい。