Xのいちイラストから生まれ、いまや日本を代表するキャラクターになった「ちいかわ」。その初めての劇場版『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』が2026年7月24日に公開され、同日、全52曲を収めたオリジナル・サウンドトラックも届けられた。かわいい絵柄に油断していると足をすくわれる——というのは物語だけの話ではない。この映画の“音”は、恐ろしく本格的なのだ。テレビの数分尺から一本の長編へ。器がひろがったぶん、音楽が担う役割も一気に重くなった。

トクマルシューゴという“反則級”の人選

音楽を手がけたのは、TVアニメから引き続きトクマルシューゴ。宅録で何十種類もの楽器を一人で鳴らし、海外レーベルからも作品を送り出してきた稀代の多楽器奏者だ。おもちゃのような音、木琴やベル、口笛が幾重にも折り重なるあの多幸感あふれるポップスは、そのまま「ちいかわ」の世界と地続きに聞こえる。無邪気なのに、どこか切ない。楽しいのに、油断すると泣かされる。トクマルの音楽がもともと抱えていたその二面性は、笑いと不穏さが同居する原作の手ざわりと不思議なほど響き合う。かわいさの裏に、ち密な音の設計がある——トクマルの音楽性は、この作品のためにあつらえたようにハマっている。実際、本人もX上で「わぁ…と、いちいち感動しながらつくってます」と、制作の高揚を隠さなかった。

「トムとジェリー」の研究者が、共作者だった

そしてもう一人、映画版で名を連ねるのが上水樽力。東京藝大の大学院でカートゥーン・アニメーションの音楽を研究し、スコット・ブラッドリーに関する論文で博士号を取得したという異色の経歴の持ち主だ。スコット・ブラッドリーといえば、「トムとジェリー」をはじめとするMGMアニメの音楽を、画面の動きに音をぴたりと重ねる“ミッキーマウジング”で鳴らし切った作曲家。つまり本作は、絵と音を密着させる技術を学問として突き詰めた人物が、キャラクターたちの一挙手一投足を音で描いているわけだ。もともとトクマル作品の室内楽アレンジを手がけ、「上水樽力チェンバーオーケストラ」名義で共演もしてきた二人だけに、その呼吸は言うまでもない。作家性の塊であるトクマルの発想を、譜面と管弦楽の語法へ翻訳できる相棒——この座組みこそ、本作の音の厚みを支える屋台骨だろう。

全52曲、“島のうた”が化けていく

サウンドトラックはPart1・Part2に分かれ、劇伴に加えて劇中歌や主題歌まで網羅する。最大の聴きどころは、島に伝わる「島のうた」がかたちを変えて何度も現れること。祭囃子ver.、セイレーンver.、アカペラver.、そして島二郎ver.——同じ旋律が場面ごとに衣装を替えていく様は、まさに劇伴の王道であるライトモチーフ(示導動機)の使い方そのものだ。ひとつのメロディが感情の温度計になり、物語の伏線を音だけで先回りする。トラックタイトルを追うだけでも、「セイレーンの襲撃」「橋の上の戦い」「ファイナル・カレーバトル」と、緊張と脱力を巧みに往復する構成が透けて見える。ハチワレ(CV.田中誠人)が歌う主題歌「くつずれ」や、名曲「今日の日はさようなら」のハチワレver.・合唱ver.も収録され、笑って泣ける映画の余韻をまるごと持ち帰れる。

「ちいかわ」の音楽は、けっして“ゆるい”BGMではない。世界的に評価される多楽器奏者と、カートゥーン音楽を学問として究めた研究者。この二人が全力で組んだからこそ、あの小さな島の冒険はここまで豊かに響く。映画を観たあとにこそ、じっくり聴き直してほしい一枚だ。