「ツガイ」の音は、あの北海道の作曲家が鳴らしていた
荒川弘×ボンズ。この組み合わせだけで、ある世代のアニメファンは背筋が伸びる。『鋼の錬金術師』を二度アニメ化したタッグが、月刊少年ガンガン連載の『黄泉のツガイ』で三たび組んだのが2026年4月。そして放送開始から5か月あまり、ついに劇伴の全貌が形になった。「TVアニメ『黄泉のツガイ』Original Soundtrack」が9月16日、CD2枚組・全58曲で発売された。税込3,850円、品番はSVWC-70793〜70794。初回仕様は特製三方背ケースに加え、作曲者・末廣健一郎のインタビューとライナーノーツを収めたブックレット付きという、劇伴好きにはたまらない仕様だ。
音楽を担った末廣健一郎という名前を聞いて、まず思い出すのは『ゴールデンカムイ』だろう。北海道の雪原と金塊争奪戦を、笛とパーカッションと土着の声で鳴らしたあの劇伴である。そして今回の『黄泉のツガイ』も、シリーズ構成は『ゴールデンカムイ』の高木登。つまりこれは、金カムの脚本と音楽のコンビが、荒川弘の新作で再結成した作品なのだ。荒川作品と末廣劇伴、というだけでなく、「あの二人がまた組んだ」という文脈で聴くと、58曲の重みがまるで違ってくる。
「左右様」「『解』と『封』」──曲名が語る、劇伴の設計図
発売に先駆けて配信されている6曲入りの「Selected Edition」には、「ツガイを統べる者」「制圧」「左右様」「兄妹」「『解』と『封』」「影森家」というタイトルが並ぶ。劇伴のトラック名というのは、作曲家と制作陣がその作品をどう分解して捉えたかの設計図でもある。ここには主人公ユルとアサの「兄妹」という軸、二人が対になる「左右様」という信仰の軸、そして能力の根幹である「解」と「封」という概念の軸が、それぞれ独立した楽曲として存在している。物語の骨格そのものが曲として立てられているわけで、キャラクターテーマとコンセプトテーマを分けて用意するタイプの、かなり構造的な劇伴だと推測できる。
末廣は『ゴールデンカムイ』のとき、公式インタビューで「無理にアイヌ的な要素を出さなくてもいいのかな」と語り、取材で得た民族楽器や声をあえて限定的に使いつつ、「迫力あるバトルや今風のギャグなどのエンタメ感が活きるような、かっこいい音楽」を第一に考えたと明かしている。ティンホイッスルやケーナといった笛の多用、土着感を出すための大量のパーカッション、トンコリやムックリ、そしてブルガリアン・ボイスのような歌声。「らしさ」を記号的に貼るのではなく、作品のエンタメとしての骨格に奉仕させる。この姿勢が、昼と夜を分かつ双子、村と都会、伝承と現代バトルが同居する『黄泉のツガイ』でどう応用されているのか。ブックレットのインタビューは、まずそこを読みたい。
「逃げ恥」から「Re:ゼロ」まで──越境し続ける作曲家
末廣健一郎は1980年、さいたま市生まれ。10代からバンドでギター、鍵盤、ドラムを叩き、やがて器楽曲に惹かれ、エンニオ・モリコーネに影響を受けて作曲家を志した。岩代太郎と大澤徹訓に作曲とオーケストレーションを師事したという経歴は、彼のスコアがロックの体温と管弦楽の設計を同時に持っている理由をよく説明している。
フィルモグラフィを眺めると、その振れ幅に驚く。ドラマでは『逃げるは恥だが役に立つ』『掟上今日子の備忘録』『私の家政夫ナギサさん』。アニメでは『Re:ゼロから始める異世界生活』シリーズ、『炎炎ノ消防隊』、『ゴブリンスレイヤーII』、『異世界おじさん』。映画では『闇金ウシジマくん』シリーズ。日曜夜の恋愛ドラマの軽やかさと、異世界の絶望を何度も反復する重さを、同じ人が書いている。『黄泉のツガイ』は、その両方が要る作品だ。田舎の村で暮らす少年の日常と、都会で始まる能力バトル、そして「ツガイ」という異形の存在。末廣が「実写ドラマの人」でも「アニメの人」でもない越境型の作曲家であることは、この作品にとって明確な強みになる。
主題歌の豪華さの裏で、劇伴が背負っているもの
『黄泉のツガイ』は主題歌の話題性でも突出していた。第1クールはOP「飛ぶ時」をVaundyが、ED「飛ぼうよ」をyamaが歌い、いずれもVaundyが作詞作曲。第2クールはOPに音田雅則「back shot」、EDに菅原圭「孔雀」を据えた。J-POPの最前線を並べた1分30秒の入口と出口に対して、本編の20数分を支えるのは末廣のスコアである。主題歌が「作品の顔」なら、劇伴は「作品の体温」だ。原作は「次にくるマンガ大賞2023」コミックス部門2位、8巻時点で累計発行部数300万部を超えたヒット作。2クール連続放送というボリュームで、その物語を音で持ち上げ続けた58曲が、ようやく本編から切り離されてこちらの手に渡ってきた。
個人的には、まず「左右様」から聴きたい。信仰と恐怖が同居するあの概念を、末廣がどんな楽器と声で立ち上げたのか。そこに『ゴールデンカムイ』で培った「土着の音」の引き出しがどう使われているのか。荒川弘×ボンズの三作目は、音楽の面でも十分に「事件」になりうる。2枚組の再生ボタンを押す前に、ブックレットの末廣インタビューを一読することを強くおすすめしたい。