『進撃の巨人』『機動戦士ガンダムUC』『七つの大罪』『閃光のハサウェイ』──映像の名場面を幾度となく震わせてきた作曲家・澤野弘之が、作曲家活動20周年の節目に二冊の本を世に送り出した。2026年2月3日に扶桑社から刊行されたエッセイ『錯覚の音』、そして7月4日にライブ会場限定で登場した続編『錯覚し続ける』だ。どちらのタイトルにも「錯覚」という言葉が据えられているのが、なんとも澤野らしい。音そのものではなく“言葉”で20年を振り返った二冊から、この人の思考の芯が見えてくる。

なぜ「錯覚」なのか

劇伴という仕事は、映像がまだ完成していない段階で音を書くことが少なくない。絵コンテと台本だけを頼りに「この場面はきっとこう響くはずだ」と信じて、コーラスと弦とビートを積み上げていく。確信のようでいて、その半分は自分に言い聞かせる思い込み──つまり錯覚である。澤野の音楽が持つあの過剰なまでの高揚感、聴き手を一気に持っていくスケール感は、「これで合っている」と自分を錯覚させ続けた先にしか生まれない。二冊のタイトルは、そんな創作の核心をずばりと突いている。派手なサウンドの裏にある、地に足のついた自己認識がのぞくのだ。

本人が書いた前半、インタビューで綴られた後半

『錯覚の音』(240ページ、税込1,870円、扶桑社)は二部構成をとる。幼少期のピアノレッスンから、作曲にのめり込んだ高校時代、そして鳴かず飛ばずの下積みまでを描く第一〜二章とコラムは澤野本人が執筆。プロになってからは、ブレイクのきっかけとなったドラマ『医龍-Team Medical Dragon-』、さらに世界的ヒットへと駆け上がった『進撃の巨人』へと至る第三章以降を、ライターの北野氏がインタビューを文章化する形でまとめた。「本をよく読むタイプではない」と本人が苦笑する通り、澤野にとって長文で自分を語るのは異例の試みだ。だからこそ、自分の偏った考え方までも「明け透けに見えてしまうかもしれない」と覚悟のうえで、人間として、音楽家としての自分を正直に差し出している。

  • 本人執筆パート:ピアノを習い始めた幼少期から、作曲に没頭した高校時代、そしてプロになる前の下積み。
  • インタビューパート:『医龍』でのブレイク以降、『進撃の巨人』『機動戦士ガンダムUC』『七つの大罪』『閃光のハサウェイ』など代表作の舞台裏。

ライブでしか手に入らない続編『錯覚し続ける』

そして7月4日、ソニー・ミュージックソリューションズから登場したのが続編『錯覚し続ける』である。こちらはB6判226ページ、税込2,200円で、全編が澤野の書き下ろしエッセイ。カラー写真ページも収められている。特筆すべきは、これがライブグッズとして──つまり澤野のコンサート会場を主な入手経路として発売された点だ。ボーカル楽曲に軸を置いたプロジェクト「SawanoHiroyuki[nZk]」や、SennaRin、NAQT VANEのプロデュースなど、活動の幅を広げ続けるこの作曲家は、『錯覚の音』で20年を振り返ってなお、タイトルで「錯覚し続ける」と宣言してみせた。過去を総括して終わるのではなく、いまも“思い込み”を燃料に前へ進み続ける──その止まらなさこそが、澤野弘之という音楽家の正体なのかもしれない。二冊を並べて読むと、劇伴の派手な音像の裏側で作曲家が何を握りしめているのかが、静かに立ち上がってくる。