「その産声が響くまで、私たちは諦めない」を音にする

ドラマの劇伴というのは、アニメや映画に比べて語られる機会が少ない。毎週お茶の間で確かに鳴っているのに、サントラ化されないまま消えていく音楽がどれだけあることか。だからこそ、地上波の連続ドラマのオリジナル・サウンドトラックがきちんと1枚のCDになる、というだけで個人的にはうれしくなってしまう。日本テレビ系水曜ドラマ『ファーストクライ 母子救命救急班』のオリジナル・サウンドトラックが、2026年9月9日にVAPから発売される(品番VPCD-87344/税込2,750円/全26曲)。音楽を手がけるのは菅野祐悟だ。

物語の舞台は、都内の一等地にそびえる“セレブ病院”。院長の特命で秘密裏に結成された「母子救命救急班」が、行き場を失ったワケあり妊婦たちを無償で救っていく――というメディカル・エンターテインメントである。少子化、医師不足、地方の産科閉院。令和のいま現実に起きている“お産の危機”を正面から題材に据えているのが、この作品の骨太なところだ。そして何より心を掴まれるのが、主人公の産婦人科医・光井明希の設定である。彼女は片耳に難聴を抱えながら、誰よりも赤ちゃんの産声を聞くことに執着するスペシャリストとして描かれる。音が聴こえにくい医師が、新しい命の“最初の声”をこそ聴きに行く。この一点だけで、劇伴が担う役割の重さが変わってくる。

アニメも大河も交響曲も──菅野祐悟という“越境者”

この題材に菅野祐悟が起用されたのは、考えてみればとても腑に落ちる。1977年生まれ、東京音楽大学作曲科卒。2004年のドラマ『ラストクリスマス』で作曲家デビューして以来、彼のフィルモグラフィは驚くほど広い。ドラマ『ガリレオ』の理知的なテーマで名前を刻み、アニメではディストピアSF『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズの冷たく張りつめたスコアを鳴らし、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』(2014年)や連続テレビ小説『半分、青い。』(2018年)といった“国民的な尺”の音楽まで引き受けてきた。

さらに見逃せないのが、彼が純粋なコンサート音楽の作曲家でもあるということだ。2016年に「交響曲第1番~The Border~」、2019年に「交響曲第2番~Alles ist Architektur~」を関西フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で世界初演している。つまり菅野は、テレビの尺で秒単位に音楽を合わせる職人であると同時に、数十分のシンフォニーを構築的に設計できる書き手でもある。この“越境”っぷりこそが彼の武器で、医療ドラマのような感情の振れ幅が激しいジャンルでは、その両輪がきれいに噛み合う。ここぞという分娩シーンでオーケストラを大きく開き、日常の病棟では室内楽的にそっと畳む――その配分の妙が、菅野の劇伴にはいつもある。

全26曲が地図する“命の現場”

今回のサントラは全26曲。曲名を眺めているだけで、ドラマの体温がだいたい伝わってくるのが面白い。冒頭の「ファーストクライ 母子救命救急班」に始まり、「今この瞬間を諦めない」「産声が響くまで」「母子の命」と、チームの理念そのものを掲げるようなタイトルが並ぶ。かと思えば「乾杯!!」「巻き込まれ体質」「ムカつきます?」といった、人間くさくてちょっと笑ってしまうトラックも混ざっていて、この緩急がいい。医療ものは緊張だけでは持たない。診察室の外にある小さなユーモアや脱力を音楽が引き受けてくれるからこそ、いざ命が零れ落ちそうになる瞬間の緊迫が効いてくる。

個人的に注目したいのは、ラス前後に置かれた「母子の命~Pf~」と「ファーストクライ~Pf~」というピアノ版の存在だ。メインテーマを別編成で二度提示するのは、菅野がよく使う“主題の変奏”の手つきで、フル編成で高らかに鳴ったモチーフを、最後にピアノ一台で静かに畳み直す。フルオケが「みんなで守る命」なら、ピアノは「一人の母、一人の子」に寄る視点なのかもしれない。そして「赤ちゃんに会いたい……」というタイトルの切実さ。片耳の医師が産声を追うという物語のコアと、この曲名が響き合ったとき、サントラは単なる劇伴集を超えて一本の物語として聴けるようになる。

ドラマの劇伴が正規に1枚へまとまるということは、その音楽が“毎週消えていくBGM”ではなく“作品”として認められた証でもある。9月9日、菅野祐悟が鳴らす「産声が響くまで」を、今度はスピーカーの前で心ゆくまで聴ける。少子化やお産の現場という重いテーマを、音楽がどう支え、どう希望に変えていたのか。放送を追ってきた人も、これから配信で追う人も、一度サントラという“地図”を手にして振り返ってみてほしい。