ときどき、サントラの配信ニュースを見て思わず二度見することがある。2026年8月9日にひっそり配信が始まった『暗黒城の魔女 オリジナル・サウンドトラック』が、まさにそれだった。作曲家の名前を確認して、思わず声が出た。崎元仁。あの『ファイナルファンタジー タクティクス』『ベイグラントストーリー』、そして近年では『十三機兵防衛圏』を手がけた、日本のゲーム音楽史を語るうえで外せない名匠その人が、全13曲を書き下ろしていたのだ。
なぜ“あの崎元仁”が、たった13曲のインディーに?
音楽が付いた作品は、『ヴェリタステイルズ:暗黒城の魔女』(略称・暗黒城の魔女)。デベロッパーはジギタリス出版、販売は15 Industryで、2026年7月9日にPC(Steam)向けに1,980円で発売されている。ジャンルは、なんと“読書型”ファンタジーアドベンチャー。本のページをめくるように物語を読み進め、選択肢とサイコロの出目で戦闘・交渉・回避を選んでいく——ゲームブックやTRPGの手触りを、そのまま現代のPCに移し替えたような一作だ。
大作RPGでもなければ、話題の続編でもない。300万本級のタイトルに大編成のオーケストラを付けてきた崎元が、なぜこんな“小さな一冊”に筆を執ったのか。答えは、この作品そのものの熱量にある。サウンドトラックはダウンロード版が1,833円、SpotifyやApple Musicでもストリーミング配信中で、YouTubeでは5曲の試聴動画も公開されている。まずは耳で確かめてほしい、と言いたくなる仕上がりだ。
6年、300枚超の手描き、生成AIゼロ──音楽が背負う“本の重さ”
この作品を作ったのは、西村芳雄というクリエイターだ。ゲーム業界30年以上のキャリアを持ち、カプコンでは初代『モンスターハンター』、ヴァニラウェアでは『オーディンスフィア』『ドラゴンズクラウン』などに背景制作チームのチーフとして携わってきた人物である。あの独特の絵の重厚さを支えてきた職人が、ヴァニラウェアを“卒業”した後、奈良の山奥にある曽爾村に居を構え、畑を耕しながら6年をかけて本作を作り上げた。
特筆すべきは、300枚を超えるイラストをすべて自身の手で描き下ろし、生成AIを一切使っていないという点だ。シナリオは30万字以上、想定プレイ時間は20時間超。ここまで手作業の熱量が詰まった“本”に対して、崎元の音楽が寄り添う。作り手が一筆一筆で世界を立ち上げたなら、作曲家もまた一音一音でその世界の温度を決める。この符合が、たまらなくいい。
「ファンタジーの源流」をスコアで鳴らすということ
本作が下敷きにしているのは、『グレイルクエスト』『ソーサリー』『ファイティング・ファンタジー』といった、ゲームブック黄金期の名作群だ。いま私たちが『エルデンリング』『バルダーズ・ゲート3』『ダンジョン飯』に熱狂している——その熱の“源流”には、紙とサイコロで剣と魔法を紡いでいた時代があった。本作は、その原点の質感を現代に蘇らせようとする試みなのだ。
そして、その“源流”を音で描くのに、崎元仁ほど適任な作曲家はいない。荘厳さと哀愁を同居させた旋律、緻密に積み上げられたハーモニー、そして中世的な物語世界を一瞬で立ち上げる語法。『FFタクティクス』で獅子戦争の悲劇を、『ベイグラントストーリー』で石造りの街の陰影を鳴らしてきた彼が、暗黒城に秘められた謎と緊張感を13曲でどう彩ったのか。プレイヤーの選択で紡がれる冒険を、音楽がどう受け止めるのか。大作の陰でこそ、名匠の真価はかえって鮮明に響く。まずはこの一冊を開き、ページをめくる指の傍らで鳴る崎元サウンドに、静かに耳を澄ませてみてほしい。