広告の世界から、アニメの“ど真ん中”へ

キネマシトラス15周年記念の完全オリジナルTVアニメ『さよならララ』。その音楽を託されたのが、作曲家/ピアニストのyuma yamaguchi(山口由馬)だ。デジタルEPは7月6日に先行配信され、全曲を収めた完全版オリジナル・サウンドトラックが2026年9月30日、CD2枚組(FABTONE Inc./規格FBAC-268、3,300円税込)でリリースされる。放送・配信は7月からすでに始まっており、劇伴の全貌がようやくパッケージとして手に届く格好だ。

「劇伴作曲家」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、アニメや映画のスコアを一本ずつ積み上げてきた職人像だろう。だが山口の歩みは少し毛色が違う。福井県出身、1984年生まれ。2008年にイタリアの名門ハウス・レーベルIRMA Records Japanからデビューし、クラブミュージックの現場からキャリアを始めた。その後に頭角を現したのはCM音楽の世界で、これまで手がけた広告音楽はなんと300本を超える。アニメの劇伴は、そんな遠回りの果てにたどり着いた表現の場なのだ。

カンヌもクリオも、羽生結弦もカニエ・ウェストも

広告音楽だからと侮ってはいけない。山口がスコアを付けたCMは、カンヌライオンズ、クリオアワードをはじめ世界三大広告祭のすべてでゴールドを受賞している。守備範囲も尋常ではない。ISSEY MIYAKEのパリ・コレクションを彩る音楽、羽生結弦のアイスストーリー2023『GIFT』への楽曲提供、NHK連続テレビ小説「あんぱん」オープニング(RADWIMPS『賜物』)のストリングスアレンジ、そしてYe(カニエ・ウェスト)のアルバム『BULLY』にバンドリーダーとして名を連ねる――と、ジャンルも国境も軽々と飛び越えていく。

もちろん劇伴側の実績も厚い。Netflix映画『新幹線大爆破』、中国発の人気アニメ『時光代理人 -Link Click-』シリーズ、連続ドラマW『坂の途中の家』、NHK BS『フロンティア』メインテーマなど、映像に寄り添う仕事を着実に重ねてきた。ダンスミュージック、広告、ファッションショー、朝ドラ、ヒップホップ――これほど雑食な引き出しを持つ書き手が、キネマシトラスの記念作でどんな音を鳴らすのか。期待が高まらないはずがない。

ブラジルの歌声を招いて鳴らす“さよなら”

『さよならララ』のレコーディングで象徴的なのが、ブラジル出身のシンガー、タチアナ・パーラ(Tatiana Parra)をフィーチャーしたタイトル・トラック「さよならララ」だ。ジャズやブラジル音楽の香りをまとった歌声を招き入れる発想は、クラブとCMと世界の音楽を横断してきた山口ならでは。単に情緒を煽るのではなく、風通しのよい和声とグルーヴで“別れ”の余白を描こうとしているように聞こえる。

CD2枚組という物量も見逃せない。BGMの寄せ集めではなく、ひとつの作品として腰を据えて聴かせようという編集の意志が伝わってくる。放送を追いながら耳に残ったモチーフが、アルバムでどう並び、どう変奏されているのかを確かめる――サントラならではの楽しみが、たっぷり用意されているはずだ。

劇伴が「越境者」を迎える時代

近年のアニメ劇伴は、バンド出身者やエレクトロニカの作家、映画音楽の専門家など、出自の異なる書き手を積極的に迎え入れている。yuma yamaguchiの起用は、まさにその潮流を体現する一手だ。広告の現場で磨いた「短い時間で世界観を立ち上げる」瞬発力と、ワールドミュージック譲りの色彩感覚が、15周年という節目の物語にどんな彩りを添えるのか。答え合わせは9月30日、2枚組のディスクを回してからでも遅くない。