『ヒットマンズ・レクイエム(In Bruges)』のあの気だるいピアノ、『スリー・ビルボード』の西部劇みたいなギター、『イニシェリン島の精霊』の童話めいたハープとフルート。マーティン・マクドナーの映画を思い出すとき、耳の奥でいっしょに鳴っているのは、たいていカーター・バーウェルの音です。そのコンビの新作『Wild Horse Nine』のサウンドトラックが、Hollywood Recordsから11月6日(金)にデジタル配信されます。米英での劇場公開と同じ日です。

Film Music Reporterによると、バーウェルの起用が報じられたのは今年3月。アルバムの情報は11月4日に出ましたが、この時点で曲目はまだ公表されていません。なのでこの記事は「何曲入りか」ではなく、「この組み合わせが今回なにを鳴らしそうか」の話です。

舞台はチリ・クーデター前夜のイースター島

物語の時代は1973年のチリ・クーデターの直前。サンティアゴから、CIAの工作員2人がイースター島(ラパ・ヌイ)へ送り込まれます。ベテランのクリスと、その弟子リー。クリスは末期のがんを抱えていて、島で出会った反抗的な大学生2人との関わりが、この出張をややこしくしていく……という筋です。

出演はジョン・マルコヴィッチ、サム・ロックウェル、スティーヴ・ブシェミ、トム・ウェイツ、マリアナ・ディ・ジローラモ、アイリン・サラス、パーカー・ポージー。撮影は2025年3月にラパ・ヌイで始まり、4月にサンティアゴへ移って終わっています。ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で9月3日に初上映され、マルコヴィッチが男優賞(ヴォルピ杯)を受賞しました。上映時間は118分、製作国はイギリス・アメリカ・チリ。配給はSearchlight Picturesです。

ロックウェルは『スリー・ビルボード』と『セブン・サイコパス』、ウェイツも『セブン・サイコパス』に出ていました。いわば“マクドナー組”が南太平洋の孤島に集まった格好で、そこに5度目のバーウェルが加わるわけです。

バーウェルは“笑い”に旋律をつけない

おさらいしておくと、バーウェルはマクドナーの長編監督作すべての音楽を担当してきました。『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年)、『セブン・サイコパス』(2012年)、『スリー・ビルボード』(2017年)、『イニシェリン島の精霊』(2022年)。このうち『スリー・ビルボード』と『イニシェリン島の精霊』では、アカデミー賞作曲賞にノミネートされています。

マクドナー映画のおもしろさは、暴力と冗談が同じ画面に並んでいることです。ふつうの劇伴なら、笑いの場面は軽く、悲劇の場面は重く鳴らし分けるところ。でもバーウェルはそれをやりません。笑える場面でも音楽はどこか哀しげで、残酷な場面でも妙にやさしい。音楽が場面の感情を説明しないので、観客は「笑っていいのか?」と宙ぶらりんになる。マクドナー作品のあの居心地の悪さは、半分くらいこの“説明しない音楽”から来ていると思っています。

『イニシェリン島の精霊』では、アイルランドの孤島という舞台に、ケルト民謡ではなく、童話かディズニー映画のようなファンタジー寄りの音色を置きました。民族色で島を“説明”しない。そう考えると、今回のイースター島でも、太平洋らしいエキゾチックな音をそのまま鳴らすとは限りません。

聴きどころの予想:孤島・冷戦・死を待つ男

曲目が出ていないので、ここからは予想です。注目したいのは次の3点。

  • 「島」をどう鳴らすか:『イニシェリン』に続く“島もの”。今度は南太平洋で、時代は1970年代。土地の音を借りるのか、また別の世界を持ち込むのか。
  • 冷戦スパイ映画の“型”:CIAの工作員が主人公です。60〜70年代スパイ映画のジャズやサスペンスの定型を、バーウェルが真顔で引用するのか、少しずらして笑わせるのか。
  • 死に向かう男のテーマ:末期がんのクリスは、過去にやったことと向き合っていきます。『スリー・ビルボード』の終盤のように、静かなテーマが最後に救いとして戻ってくるのかどうか。

アルバムは公開と同じ日に出るので、劇場で観る前に聴くか、観てから答え合わせに聴くか、選べます。個人的には、マクドナー作品は「観てから」をおすすめしたい派です。笑っていいのか迷ったあの場面で、音楽がどっちに転んでいたのか。それを確かめるためだけに、もう一度アルバムを再生したくなるはずなので。