はるか昔、現在の常識なんて全く通用しない世界において、真実とはどういった意味を持つものになるのだろうか。今聞けば笑ってしまうような非常識が歴然とした常識として信じられ、その常識を元にその時代に生きる人の救済があったとしたら、真実はたとえ正しかろうとバツが悪い厄介な代物でしかない。21世紀の、そして世界的にもかなり治安の良いとされる日本で暮らしている我々には想像もつかないが、たかだか500年やそこらしか離れていないはずの16世紀は、人命の価値が今とは比べ物にならないくらい低かっただろう事は疑いようのない事実だ。もちろん、人権意識も。
そんな状況では、天国に行くと生きる苦しみから解放されるという説にすがりたくなってしまうのが自然な流れのように思うし、当時では決して行く事の出来ない場所=空、宇宙は天国なのだと考え、魅せられてしまう気持ちもわかる。そして実際に目で見て地球が動いているとは思えないし、空にあるものが動いていると考えてしまうのも無理はない。きっと現代だって地動説を教わる前の子供の大半はそう捉えているだろう。
前置きが長くなってしまったが、チ。-地球の運動について-は地動説がまだ信じられていない時代を描いた作品だ。作中では地動説を唱える人は苛烈な迫害を受け、弾圧されているが作者の魚豊氏は史実ではそこまで地動説は迫害されてはいなかったらしい、という様に語っている(どちらが真実かどうかは諸説あり、地動説のみが弾圧の理由だったかは不明)が、原作では架空の名前で呼ばれていたものが現実の世界とリンクしたりする(多く語るとネタバレになるため濁してます)ので、作者なりの解釈が加わっているとも言えるだろう。このあたりをアニメでどう表現してくるのかとても楽しみだ。
チ。の劇伴作家は、超天才牛尾憲輔氏。天才っていう陳腐な表現じゃ言い表しきれてないか。奇才、鬼才という方がしっくりくるかも。
今期で言えば、チ。もそうだが話題的に1.2を争うレベルでかつ、覇権アニメ候補の筆頭に上がるダンダダンの劇伴も担当されている。(ダンダダンについては既に記事を書いたので是非そちらも合わせて読んでみてください)
肝心のチ。の劇伴だが、なんというか、凄い。すごすぎる。
基本的に静かなアニメで、しかも時代背景を大事にしてるが故夜のシーンはめちゃくちゃ光量が足りない。無音のシーンの方が多いくらいだ。だからこそ、星空のシーンで使われている宇宙をイメージしているかのような壮大な楽曲がものすごく映える。壮大な曲だと人が認識する楽曲と言えば、なんとなくゆったりとしたテンポ感の曲をイメージするが、聞こえてくる劇伴はブレイクビーツのようなリズムのテンポの早い楽曲なのだ。耳慣れない音もたくさん入っている。これが楽器の音なのかトラックメイカーが作ったものなのかすら判断がつかなかった。
牛尾氏曰く、当時のヨーロッパではグレゴリオ聖歌があり、当時のまだ現在とは全てが違う譜面を見ながらその聖歌を聴き、音楽と図面の音形を読み取ってトラックを作ったのだとか。そしてそれをレアグルーブのブレイクビーツに落とし込み、サンプリングしたらしい。
滅茶苦茶変態的なお話であり、とんでもない拘り方である。小節も曖昧、音符の形も違う全くよくわからない譜面から中世の音楽を研究し、抽出したと。筆者も作曲家としても活動しているが、そんな作曲方法はちょっと考えられない。というか、もし考えついても出来ないし、途方もない作業すぎて気が遠くなる。
ちなみに、作者の魚豊氏はアニメ化するにあたり劇伴は絶対牛尾氏で!とお願いしていたらしい。これだけの仕事をする人だから、そうなるのも無理はない。
現代の音楽で言えば、クラフトワークが元祖と言われるテクノポップなんかは、どこか無機質で均等なリズムが並ぶあたり、とても数学的な要素が強い音楽の様に思う。そしてさまざまなリズムが気持ちよく乗っかってくるあたりはまるで星空の様だ。そういった「ノリやすい」ジャンルの枝分かれの先にブレイクビーツがあるとしたら、そこにグレゴリオ聖歌なんていう誰もが現代音楽と結びつけない様なモノと共生させた音楽は、あの時代の星空を現代の音楽で表すのにこれ以上の劇伴はないのではないかと思える。
まだまだアニメは序盤だが、正直これからどんな劇伴が聴けるのか全くわからない。一つわかっている事があるならば、その音楽に僕達は夢中になってしまうだろうという事だけだ。

公式サイトhttps://anime-chi.jp/より引用