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株式会社アテナ

映画『ひゃくえむ。』の劇伴がヤバい。あれは「100m走」という名のジャズ・セッションだ

 2025年12月31日(水)Netflix世界独占配信された劇場アニメ『ひゃくえむ。』映像の凄さはもちろんなんですが、後ろで流れている「音楽(劇伴)」にものすごく心を揺さぶられました。

 ただカッコいいだけじゃなく「この音楽、作品のテーマそのものじゃないか?」と気づいてしまったので、その感動をちょっと語らせてください。

たった10秒に「一生」が詰まってる

 この作品に出てくるスプリンター達は100メートルを走るわずか「10秒」のために生きている。過去の栄光も、今の苦しみも、未来への執念も、全部その一瞬に叩きつける。

 劇伴を聴いていると、音楽の構成自体がその「人生を集約した10秒間」になっている気がしました。

 スタート前の張り詰めた静寂から始まって、走り出しで一気に爆発して、ゴールに向かって最高潮に盛り上がっていく。 一曲一曲が、まるで彼らの人生のハイライトを聞かされているようで、聴いているだけで心拍数が上がってしまいます。

トラックという「コード」と、選手という「即興演奏」

 で、ここからが個人的に一番「ハッとした」ポイントなんですが……。この作品の音楽は、すごく「ジャズ」的だと思いませんか?

聴いていて、こんな風に思えました。

  • 陸上のトラック = 「コード進行」
  • 走る選手たち = 「即興演奏(ソロ)」

 ジャズって、決まったコード進行(ルール)の上で、ミュージシャンが自由にアドリブを繰り広げますよね。 陸上も同じで、「100メートル、直線、はみ出しちゃダメ」っていう絶対的なルール(トラック)がある。その上を、選手という名の楽器たちが、ルールなんてお構いなしと言わんばかりに、それぞれのスタイルで荒々しく音(走り)を奏でている。

 一見バラバラで、ルール無用の即興演奏みたいに聞こえるけれど、ちゃんと「トラック」という土台の上で成立している。

 そのギリギリのバランスが、「選手たちの競争であり、その瞬間だけの共演(セッション)」を表しているように感じられて、鳥肌が立ちました。

 映画のラストを飾る日本選手権、男子100メートル、決勝。効果音と選手たちの息、のみで構成されています。これはそれまでのレースとの対比となり、これもまた無音のBGMとして作品のテーマを見せつけてきました。

音楽もまた「走っている」

 あの劇伴は、単なるBGMじゃなくて、画面の向こうのトガシや小宮たちと一緒に走っているんだな、と感じます。

 これから2回目、3回目、観ようという方は、ぜひ音楽にも耳を澄ませてみてください。 「あ、今、セッションしてるな」って思うと、レースの熱さが倍増して聞こえてくるはずです。そこには、言葉よりも雄弁に語られる、スプリンターたちの魂の叫びが刻まれているはずです。

Netflix Japan Xアカウントより引用

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