上山道郎先生はスゴイ。実弟は名作「RD洗脳調査室」のキャラデザをされており、同業者からの評価が高く不遇の天才と言われる上山徹朗先生。上山道郎先生自体も、1990年にデビューしてから35年漫画家として戦い続けてきたというものすごい経歴の持ち主だが、この「悪役令嬢転生おじさん」が自身初のオリジナル作品がアニメ化されるというのもカッコよすぎる。何かを続けるという事はエネルギーのいる事だ。なにせ、まず大半の人が面倒くさがる「はじめる」があって、数え切れないくらいの壁があって、それを越えるための信じられないほどの努力があって、ようやくマトモに自分の道を見つけて走れるようになって、その後はさらにゴールのない世界を走り続けるようなものだ。途中にささやかなご褒美などはあっても、その何倍もの辛いことが押し寄せる。それでも休まずに努力をしながら走り続けなければどんどん追い抜かれてしまう…。そんな世界で35年頑張り続けて、ついにアニメ化に至る…なんて、むしろ先生のドキュメンタリーをアニメ化出来てしまうのでは?と思うくらいにドラマチックだ。
原作自体もすごく面白い。最初は原案をpixivで不定期的に連載していたが、圧倒的な支持を得て商業誌にて連載が開始されたという今作。
流行りモノの悪役令嬢をイジる系の作品ではあるのだが中身はかなり異質で52歳オタクの公務員のおじさんが異世界転生し悪役令嬢の中の人になるというモノ。この設定にフックがあるのは言わずもがな、上山先生その人がオタク第一世代(主人公である屯田林憲三郎と同年代)のエリートであるからこその造詣の深さで面白さに拍車をかけている。それでいて、圧倒的にアニメが見やすい。嫌な流れなどなく、それでいて同じテンポで進んでいくような退屈さはなく、ストーリーの先を知りたいとも思わせてくれるあたり、流石である。
もちろん、劇伴の出来も最高だ。格調高いバロック式音楽っぽいような曲や、穏やかで優雅な雰囲気がそこはかとなく漂う曲、どこかしら荘厳な曲…などなど。RPGなんかで聞こえてくる明るいお城の音楽っぽい雰囲気と、楽しく煌びやかな音が混ざり合っているような感覚だろうか。ネタバレになってしまうので詳しくは記述出来ないが、トラックにはねられて異世界転生してしまった人物というのは、他作品などでは大体序盤は戸惑いや狼狽を大いに見せたりするものだが、屯田林憲三郎は年の功なのか、はたまたオタクだからか、割と重く捉えずにこの世界に馴染んでいこうかーみたいな気楽さが、格調高くも肩肘張りすぎず、重くなりすぎず楽しい雰囲気を感じる劇伴と非常にマッチする。
たまに悪役令嬢グレイスらしく振る舞おうと、アンナ・ドールに厳しくしている想像のバックでかかっている音楽だけは、コテコテの堅苦しい雰囲気の管弦楽組曲のような音色で、マイナーコード主体の不穏な音楽が流れたりすることもあるが、ちゃんと最終的に春の訪れのように爽やかかつ煌びやかな劇伴で良い意味で裏切ってくる。
昨今のアニメ業界は凄まじいほどに進化しているからこそ、競争しているかのように鎬を削る作品が多いが、このアニメは良い感じに力みがなく、だからこそ見やすく、するすると話が入ってくるように出来ている気がする。ともすれば老害と呼ばれ、社会に冷たくされがちな「おじさん」世代に、この力みの無さ、いやらしさのなさ、欲のなさこそが現代のおじさんの正解ムーブなのだと説いてくれているようだ。
是非とも皆様も気合の入ったアニメに疲れた時に悪役令嬢転生おじさんで癒されてはどうだろうか。

公式サイトhttps://tensei-ojisan.com/より引用